梵我一如の先

恥と痛みは誰が為に。

集合体が恐い理由

 

 

‪僕は集合体が嫌いだ。‬
同じ形状の小さいものが密集してるのを見ると、気が狂いそうになる。
ブラウザクラッシャーとか、蓮コラとか、検索してはいけない画像とか、そういう類のものが本当に苦手。

苦手というのは、メンタル的にというより、身体症状として表れるから困るということ。
何も手につかないくらい動揺するし、ぞわぞわするし、ひどいと眠れなくなったり叫びたくなったりする。

今まで理由に関して深く考えなかったんだけど、なんとなくわかった気がする。

最も有力な説として言われる、本能や免疫的なことももちろんあるんだろうけど、それだけじゃない。

昔から疑問に感じてた「社会性」に関係してるみたい。

僕はアスペルガーなわけだけど、完全合理主義・効率主義らしい。
ただ、完璧主義ではなくて、たとえばベーシックインカムに賛成だったり、いろんな人為的なハードルをどんどん無くせば、人間はみんな幸せになれるのにという価値観。
不二一元論や梵我一如が一番近い。

人間って、異常なまでに同じであろうとすることにこだわる傾向が強い。
特に現代の先進国の人において顕著な気がする。

でも、よく考えたら……いや、よく考えなくても、僕らは同じ人間だということ以外は、同じ要素って何一つない。
生まれる国、場所、時代、時間、親はもちろん、いつどこで何をどれだけ食べて飲んで、いつどこで誰になぜ出会うのか、いつどこで何をどれだけなぜするのか、何に興味を持つか、何をしたいのか、感じるのか、できるのか。……同じ要素なんて何1つない。

命に同じものは何一つない。
もしクローンが居たって、ちゃんと命は2つある。
1つの命を2人で共有するってのがあり得るとすれば、体の繋がった双子だけ。

つまり、人そのものが命ではなく、人は飽くまでもガワで、命にとっての傀儡ってこと。

だから、もともと違うものを同じにしようとしたり、違うものを淘汰しようとすることに時間を費やすことが、とてもバカらしいと思うし、もったいないと感じる。

具体的に言うところの、学校教育であったり「社会性」というもの全てに対してそう感じる。

趣味・嗜好・思考・価値観・環境・境遇……何もかも違う人達が、1つの場所に集まって、同じことを、同じペースで、同じ時間、学んだり、作業したり。

そんなの、理解に差が生じて当たり前だし、出来不出来が違ってて当たり前でしょ。
その凹凸を、同調圧力や協調性という名のトンカチでカンカン叩いて、予め誰がなんの理由で決めたかもわからない平均や基準に近付けさせて、なぜ学ぶのかの説明もうまくできないような人達から、一体何を学んでどうして活かせるというのか。


一夫一妻制というのも、狭い国土に人口が増え過ぎたらパンクするって意味では良いかもしれないけど、人類全体の長期スパンで考えたら非効率だよねっていう。
食品ロス問題を考えても、飢饉に陥るとは考えにくいし。

なんなら国が分かれてること自体が非効率だと思うし。
「地球」っていう国にして、資源も何もかも平等に分け与えれば、みんな生きられるし幸せじゃん、みたいな。

互いに生きてることそのものを喜び合えたら、みんなそれでハイ幸せめでたしめでたし!なのに、どうしてこうも多岐に渡って複雑化して差異に拘って、時に大量殺戮してまで「同じ」にこだわるのか、そう考え出すと悲しくて悲しくて仕方ない。

それらを「人は集団行動する生き物で、社会性を構築する習性が〜」とか言う人居るけど、人間の社会性の規模なんて、元々は家族とその周囲くらいのものだからね。
多様性とかグローバルとかいうけど、僕らの平均寿命25億秒しかなくて、一生のうちに経験できることや記憶できる量も、産まれた時点で完全に足らないんだよ。
それでも時間や時代ってのは戻ることなく進む一方で、知識や技術、文化、歴史ってのも比例して、減ることなく、どんどん増えてく。

そんなの人間の寿命がどれだけ延びたところで焼け石に水で、だからこそ綿密に取捨選択して生きていかないと、時間は足らない。

社会性に富むことは、相対的に時間の配分先が増えるってことで、密度は薄くなるし、比較対象が増えれば増えるほど自分の役割も薄くなっていく。

一人ひとりの幸せに直結しない組織や社会性なんて、構築するだけ時間のムダなんだよ。

 

───話がかなり脱線した。
戻すけど、その主義や思想が集合体恐怖にどう関係があるのかというと、つまり「同じ形の物が密集してある(居る)こと」に違和感を感じるってこと。

で、その集合体恐怖の対象は、物だったり虫だったりするわけだけど、そもそも話が通じないことが問題なんだなと。
実際に存在しているけど、話が通じない対象はどうしようもないから、自分の違和感のやり場を失って、どんどん膨らんで、爆発しそうになって、その結果、身体的に症状が出るんだろうなと。

そういう結論に至ったわけだけど、その対象が人間だった時にも、そういえば話が通じないような人だとぞわぞわしてくるなぁーと思い出して、互いに譲歩したり理解しようと多少の努力もできない人は、脳は大きくてもやっぱり虫程度の思考レベルなんだろうかと、また新たな疑問が出るのであった。()